『これが江戸前寿司―弁天山美家古』(内田正)
弁天山美家古といえば、1866(慶応2)年創業、「江戸前の仕事」を継承する浅草の老舗寿司店。著者はその五代目である。保存や流通にかかわるテクノロジーの進歩によって、握り寿司の主流が、鮮度のいい生の食材を、なるべくそのまま活用するという方向に傾くなか、漬け、酢〆、昆布〆などの古典的手法を守り続けている。著者は、これらの技術を、新鮮な食材が手に入りにくかった時代の遺物とはみなさず、「美味しく食べるための工夫」と考える。生の素材の食感が、寿司飯になじむとはかぎらない。「種、酢飯、山葵、煮きりの四つの要素の調和」があってこその「江戸前」である。
寿司について書かれた本は、素材の旬を表現することに重きをおき、四季にしたがって構成されることが多いが、本書は、寿司屋さんの朝、昼、夕方、夜、休日と、寿司職人の一日のサイクルを追っている。素人の読者にとっては、築地での仕入れ、素材の目利きについてはもちろん、市場での朝食や店のまかない、変わった客とのやり取りなど、現場の人間にしかわからない話題が興味を引く。お好み一カンの価格設定の話も参考になった。店の一番上等なおきまりの一カンあたりの値段が、お好みで頼むときの目安となるべき、というのが著者の主張である。ただし、これが当てはまるのは、良心的な店だけだろう。堅苦しい作法は押しつけないが、江戸っ子が受け継いできた「江戸前」の気風を感じることのできる一冊である。
これが江戸前寿司―弁天山美家古 (ちくま文庫) 著者:内田 正 |
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