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鮨 水谷

銀座の外れ、スナックがひしめく雑居ビルの地下で、握り手とホールを担当する女将、下ごしらえと洗い場を担当する若い弟子二人でこじんまりと営業する店である。カウンター十席と荷物置場として使われているテーブル席がある。まずは刺身を肴に呑むか、握りからはじめるか。いずれにせよ、主に「おまかせ」の客が多いようだ。

水谷の握りは流体力学に基いて設計されたかのようにすらりとしている。おひつからざっくり掴んだシャリをそのままネタの上にのせ、余分な分を思い切りよく捨てるという、独特の手順である。かたすぎず、やわらかすぎず、口の中であっさりほどけてしまうのではなく、噛んだところから飯粒が散り散りに逃げていく。相手しだいでどんな役もこなす変幻自在のシャリである。

この日のおまかせは、熟成が浅く、噛み応えのある鮃からはじまった。丸づけにするには大きすぎるのか、片身づけにされた小鰭は、生の食感を残すほどよい塩加減、キレのある酢の後味をおぼろの甘みがまるくおさめる。歯切れのいいやや小ぶりの墨烏賊は噛むほどに甘い。

十日以上寝ているという赤身は、サクサクした歯ごたえや爽やかな酸味はなく、熟れた肉の旨みがある。やや厚めに切りつけた中トロ、蛇腹の部分を削ぎ切りにした大トロは、きめ細かい脂がはじけるシャリの一つ一つにねっとり絡みつくようだ。脂ののりにしたがって、ネタを薄くすることで、バランスをとっているが、シャリとの一体感という点では、中トロが際立っている。

鮪三貫に続くのは貝四種。握りを仕上げる主の指がしなるように反ると、並の職人には手なづけられそうにない活きのいい貝も、ぴたりとシャリに寄り添う。赤貝、小柱、平貝、海松貝。縦の繊維と横の繊維が、噛み切る歯にそれぞれ違った弾力を返し、清冽な磯の香りに、四つの海が甦る。

握る直前に殻をむく車海老は栗のような香ばしい甘みがある。銀のストライプが粋な細魚は、白い半透明の身をくねらせ、桜色のおぼろを抱きこんでいる。はじける食感を活かす絶妙の塩加減である。

まな板の上でさっと薄皮を剥ぎ取られる鯖。銀の肌に虹色のスペクトルが浮かぶと、なめらかな柳刃の一閃に見惚れる間もなく、たったいま空気に触れたばかりの桃色の身が、褐色の煮切りをまとい、漆黒のつけ台に横たわっている。薬味は生姜、塩と酢がまわって旨みの出はじめるころあいか。

つるんとした歯ごたえのとこぶし、木村と書かれた舟からこんもり盛られた白雲丹を堪能し、あとは穴子と玉子ですという主の声にうなづくと、甘いツメを塗られた煮穴子が登場、気づくと、野趣あふれる後味だけが口に残っている。最後は、ベイクドチーズケーキのようにしっとり濃厚な玉子焼、鞍掛けに握られたのを頬張ると、ほくほくした山芋の香りが鼻に抜けた。

勘定は、おまかせの握りが15000円、日本酒が一本あたり1000円。内容を考えると高くはない。

公式HPはなし。食べログのページはこちら

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