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『魚河岸マグロ経済学』(上田武司)

築地の中卸「内藤」の主、上田武司がマグロについて語った本。「マグロ経済学」というのは、マクロ経済学をもじったものらしい。要は世界一の魚市場、築地でマグロという最大の「大物」を扱っていれば、自ずと世界の食ビジネスから政治経済、環境問題までが見えてくるという話である。河岸で働く江戸っ子が大学の先生相手に語りかけるという設定で、読みやすい口語調で書かれている。「フーテンの寅」に憧れるその語り口はときに妙に理屈っぽくなり、かえって話をややこしくしてしまうきらいがあるが、それが単なるへらず口に終わらないのは、辛い肉体労働から身を起こして、大きなリスクを負いながら、多額の資金を動かしてきた自信に裏付けられているからだろう。まるで大学での研究は机上の空論であるとでも言いたげである。

興味深かったのはやはり、漁場から消費者へと至るマグロの流通の実情である。たとえば、江戸前寿司の看板であるマグロでは、寿司屋はほとんど儲けることができない。上田が主に扱う天然・生の近海クロマグロは需要に対して供給が圧倒的に不足しているので、どうしても値が釣り上がってしまう。その結果、マグロについては、その他のネタよりずっと原価率が高くなってしまうのである。

ただ、上田がマグロを卸している取引先リストの中には(「吉兆」や「なだ万」といった料亭、鮮魚小売の「丸赤」、回転寿司の「北澤倶楽部」などが含まれるが)、寿司の有名店の名は見当たらない。そういえば、話題の寿司店のマグロの仕入先については、「フジタ水産」「石宮」「石司」「樋長」など、「内藤」以外の仲卸の名が挙がることも多い。もし、彼の主張するように、築地に入る最高級のマグロの大部分を「内藤」が独占しているとすれば、数ある寿司の名店には一流のマグロは流れないということになってしまう。「内藤」の取引先にはここに名の挙がっていない有名店もあるが、河岸での勢力関係については、あくまで当事者の一人の意見として受けとったほうがいいのだろう。

いずれにせよ、仲卸はなるべくいいものを手に入れるために金を惜しまず、料理人はそれを信じて受け取るという人間関係を経て、マグロは我々消費者の手元に届く。中卸には河岸の「上物」を扱っているという誇りがあり、料理人には赤字覚悟で店の看板商品の質を維持するという使命がある。自然を相手にする漁師はもちろん命がけだ。マグロ経済学の屋台骨を支えているのは、男たちの意地とプライドなのである。

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